はるまついぶき

ミスチル 、Queenを愛する3歳児育児ママ。日々頭にある事を綴っていきます。

大好きな義父との別れ〜花の匂い

今週のお題「おとうさん」

 

父の日という事で義父のことを書きたいと思います。

※実の父は学生時代に他界。下記の記事にてアップさせていただいています。

www.e--blog.com

 

私には人生で大切な「父」と呼べる人が二人。実の父と、もう一人は旦那の父です。

義父を思うと必ず思い出す曲があります。

Mr.children『花の匂い』という曲。


Mr.Children 花の匂い 高画質ver.

 

初孫のニュース

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若くして父を失った私は、結婚相手に恵まれ、とても温かい家庭に迎え入れてもらえました。

天然キャラで子離れができていて、気持ちの優しい義母。ひょうきんで大きな耳がチャームポイント、とっても美味しそうにお酒を飲む義父。旦那の兄弟仲も良好で、車で8時間はかかる義実家ですが毎年帰省するのが楽しみで仕方がないほど、新しい家族が大好きでした。

 

そんな幸せな毎日に更に明るいニュースを知らせることができたのが三年前。私の妊娠です。両家にとっての初孫でした。

私の母はもちろんのこと、義父母も大喜び。「体が心配だから今年のお正月は帰らなくて良いからね。とにかく体を大事にしてね」と気遣ってもらい、私の体調も優れないことから、その年は久しぶりに帰省は諦めました。

 

安定期に入ったら週末を使って帰省しよう。産婦人科で検診のたびにもらう赤ちゃんの4D画像と動画を義父母に見せるのが楽しみでした。そんなふうに旦那と話していた矢先、旦那の姉より緊急連絡が。

 

末期の肝臓がん。余命は月単位

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お酒が大好きだった義父が末期の肝臓がんである事が判明。手の施しようのない状態で、手術や治療はできない。緩和ケア病棟へ即入院するように言われている、とのことでした。

しかし本人はその場での入院を拒否。一週間だけ家で過ごさせてほしいと医師に頼んだそうです。

 

その連絡を受け、受け止めきれない現実に私と旦那は悲しみというよりもただただ放心状態。しかし晩御飯を口に入れた瞬間、いつも穏やかで頼もしい旦那が突然咳き込むように泣き崩れてしまい、隣にいた私もそれを引き金にわんわん号泣。かけられる言葉など一つもなく、ただ肩を抱いて一緒に泣く事しかできませんでした。

 

「週末すぐに実家に会いに行こう!」

自分の体調なんて二の次です。とにかく義父に会いたい。

実の父の死に目に会えなかった悲しみや悔しさが蒸返され、義父とだけは後悔などしたくない。気が済むまで会うべきだ。ただその思いだけでした。

 

変わり果てた姿の義父

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末期がんの義父は驚くほど頬がこけ、生気の無い様子。もともと筋肉質で中年太りとは縁遠い体系でしたが、げっそり痩せ細り腹水によりお腹だけがポッコリ。

ただ生きているだけで精一杯といった様子でも持ち前の明るさで私たちを楽しませようとしてくれます。

話を聞いた親戚や知り合いが遠方から大勢押し寄せ、最後の自宅での一週間は大好きな人達に囲まれ、義父らしく明るく過ごせたのではないかと思います。こういう時こそ本人の人望や人柄が現れるなぁと、感じました。

 

急遽駆け付けた週末の最終日、突然みんなでご先祖のお墓参りに行こうと言い、わざわざ車で一時間半以上かけてその地域では有名なお寺に行くことに。

 

「前にも来たけれどね、ここにウチのご先祖が眠っているんだよ。私もここに入るんだ」

ドキリとしてしまうような内容ですが、嫁に来た私に一家の父としてきちんと伝えておきたかったのでしょう。痛いほどその想いが伝わり、私の目を見て丁寧に話してくれた義父の顔を今でも忘れられません。

ここに入るのはまだ早い!言いたくて、でも言ってしまうと泣きそうで、込み上げてくる感情を必死でこらえた事を覚えています。

 

 

迫りくる死への覚悟と準備 

義父は入院までの一週間を義父らしくとても効率的に、残される家族のために使いました。
私から見ても心配になってしまうほど天然で気の優しすぎる義母の負担を少しでも軽減させようと考えたのでしょう。

保険関係、私物、クローゼットの片づけ、家具の処分、自らが居なくなった後の葬儀について。喪主は義母ではなく長男である旦那を指名。「母さんのことをよろしく頼む」と子供たちに託したそうです。

本来であれば起きているだけでもシンドイ状況であったにもかかわらず、義父は全てをやり終えて緩和ケア病棟に入院しました。もうこの家には戻れないだろう。これが最後という覚悟。どれだけの思いだったかのと考えるだけで胸が締め付けられます。

 

一生忘れられない義父からの言葉

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妊娠中の私が会えたのはまさにその入院前の週末が最後でした。これを見て元気づけよう!と持って行った赤ちゃんの動画データや4D写真を必死に義父に見せました。

 

「赤ちゃん元気に動いてますよ!産まれたら抱っこしてくださいね!!!」

義父は優しいタレ目を細め「おぉ~そうかそうか」と嬉しそうに眺めていました。

 

旦那が東京での日常を話し、私が毎日お弁当を作っていること、家事を頑張っている事などを沢山報告してくれました。

するとそれを聞いた義父が一層目を細めて発した一言。私の一生の宝物です。

 

『○○(旦那の名前)は良い嫁さんを貰ったなぁ〜』

安心したように何度も言ってくれたセリフ。

 

もう涙が溢れそうでたまらなくなりました。

普段なら敢えて言わないような事を改めてキチンと伝えてくれた。

これで息子に対して心配なことは何も無い、と伝えてくれたようにも見えました。

 

 

あっという間の三週間

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突然末期ガンの宣告を受けてから三週間。緩和ケア病棟に入院してわずか二週間後の2016年3月、大好きだった義父は永眠しました。

 

最期は眠るように穏やかに亡くなったそうです。

もっと早く体調不良に気づき病院に行っていれば。手術や抗がん剤などの処置を受けてもっと長く生きられたかもしれない。

 

大切な家族を残して先に死んでしまう事はとても辛いこと。しかし長年の入院生活でほとんど家に帰れぬまま人生を終えるよりも、ギリギリまで家族と自宅で日常と変わらぬ生活をし、自分なりに納得した最後を迎えること。

 

 義父のように自ら準備を整え、家族や大好きな人達とお別れをしてから死ねる事はある意味幸せな最期なのかもしれないと思いました。

 

 

花の匂い

旦那の実家での葬儀を終え、東京に戻ってきたある日、旦那と二人で産婦人科へ定期検診に向かう車内。

旦那はもちろんですが、大好きだった父を二人も亡くしてしまった事から抜け殻のようになっていた私。

 

無言で乗っていた車内にふとオーディオから流れてきたメロディ。

Mr.childrenの「花の匂い」という曲。

歌詞がひどく心に響き、まるで義父が私たちにメッセージを送ってくれているかのようでした。その時の感覚は今でも忘れられません。


Mr.Children 花の匂い 高画質ver.

『花の匂い』 

作詞:桜井和寿 作曲:桜井和寿

届けたい 届けたい
届くはずのない声だとしても
あなたに届けたい
「ありがとう」「さよなら」
言葉では言い尽くせないけど
この胸に溢れてる

 

花の匂いに導かれて
淡い木漏れ日に手を伸ばしたら
その温もりに
あなたが手を繋いでいてくれているような気がした

 

信じたい 信じたい
人の心にあるあたたかな奇跡を信じたい
信じたい 信じたい
誰の命もまた誰かを輝かす為の光

 

“永遠のさよなら”をしても
あなたの呼吸が私には聞こえてる
別の姿で 同じ微笑で
あなたはきっとまた会いに来てくれる

 

どんな悲劇に埋もれた場所にでも
幸せの種は必ず植わってる
こぼれ落ちた涙が如雨露一杯になったら
その種に水を撒こう

 

人恋しさをメロディーにした
口笛を風が運んでいったら
遠いどこかで
あなたがその目を細めて聞いている

 

“本当のさよなら”をしても
温かい呼吸が私には聞こえてる
別の姿で 同じ愛眼差しで
あなたはきっとまた会いに来てくれる

 

どのフレーズがとかではなく、一曲丸ごと弱った心にとてつもなく響きました。 きっとまた会いに来てくれる。

 “永遠のさよなら”をしても
あなたの呼吸が私には聞こえてる
別の姿で 同じ微笑で
あなたはきっとまた会いに来てくれる

 亡くなっても近くに感じられる。それは私の父も同じでした。亡くなったからといってお別れではない。きっとまた会えるんだ。

私はこの曲に心底救われた気がしました。音楽の力の偉大さに改めて感銘を受けました。

 

 

三歳になった我が娘

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あの頃お腹の中にいた娘はすくすく成長し、今ではプリンセスに憧れるおませな三歳児となりました。

弱音や後悔など一度も口にしなかった義父が、最後に実家を出て入院する病院へ向かう車内、ポロリと言った言葉があるそうです。

 

「あぁ、せめて一度でも初孫をこの手に抱いてみたかったなぁ・・」

あの頃の義両親にとって数ヶ月後に産まれてくる初孫の存在は間違いなく生きる支えであり希望でした。

 

悔しくも抱っこしてもらうことは叶いませんでしたが、義父が亡くなって落ち込む義母を救い元気付けたのは我が娘の存在です。

 

義母は離れた東京に住む孫に会う為なら、日も登らない夜明け前に家を出て長時間運転し、日帰りでも会いに来てくれるほどの大きな愛情を捧げてくれています。笑

この子は周りを幸せにしてくれました。本当に、本当に産んでよかった。

 

娘は残念ながら、じーじが2人とも他界してしまい会えません。

「じーじ、○○ちゃんのこと抱っこしたかったんだって。○○ちゃんのこと、大好きなんだよ〜」

と言うと、

嬉しそうに「そうなの〜?♡」と返してきます。笑

 

さらに最近は実家に帰ると仏壇の写真に向かって「じーじ!」と呼べるようにもなりました。

遠い遠い未来の云十年後、娘が天国へ行った時には迷わず2人を見つけられる事でしょう。

 

それまでまだまだかかりますが、首を長〜〜くして待っててね、じーじ!!!♡笑

 

 

 

※最後までお読みくださりありがとうございました。じつはこの記事が記念すべき100記事目となりました!

いつもお付き合い頂いております、はてなブログの皆さんには感謝の気持ちでいっぱいです。

一年前ブログを始めてから、文章にすることはもちろんですが、他の方の記事を沢山読ませて頂く事で知識が増え、毎日がとても豊かになりました。

これからものんびりですが、好きな事を記事にして、自分なりの発信と勉強を続けていきたいと考えております。今後ともよろしくお願い致します。